世界の薔薇 パリ編

 Kuniのマークに使っている絵は~スーヴニール・ドゥ・ラ・マルメゾン(マルメゾンの思い出)~という薔薇を描いたものです。マルメゾンとはナポレオン1世の皇后ジョセフィーヌが晩年暮らした城で、薔薇の収集と育種に力を注いだお庭があります。初めて薔薇の本を作った時から、いつか行ってみたいと思っていたマルメゾン城に、今回のパリ展を機に、チャレンジしてみることにしました。

 トラム1号線の終点ラ・デファンス駅からバスに乗り換え、ラ・シャトーという駅で下車しマルメゾン通りを徒歩10分、マルメゾン城を目指します。フランスはパリ以外どこも田舎町と言われていて、ここもパリ市内から約50分くらいの場所でしたが既に自然豊かで、鳥のさえずりが響く静かな場所でした。

 白亜のお城マルメゾン城。こじんまりとした美しいお城です。入場は10時からでしたが、開門しないので、近くにいた方に尋ねると『ボスが遅刻したらしい』と教えてくださいました。約30分後いかめしい顔のいかついボスが解錠していて、その方たちに何か言われて照れ笑いしていました。

 お城から庭へとつながる扉より。きっとジョセフィーヌもここから、一日に何度も庭へ薔薇を愛でに来ていたのだろうなと想像します。 

 雨続きだったからか、ちょっとしおれ気味の薔薇ピエール・ド・ロンサーヌとマルメゾン城。秋薔薇は風情があって絵になりますが、数は少ないので、同じくジョセフィーヌが愛したとされる、沢山のダリアが一緒に植えられていました。オールドローズは大半が春だけの一季咲きですが、薔薇スーヴニール・ドゥ・ラ・マルメゾンは見ることが出来、香りも楽しめ良かったです。何種類かの薔薇もスケッチできましたので、後日ボタニカルアートに描いてお伝えします。

 薔薇のお庭としても有名なロダン美術館でもスケッチできました。第2次世界大戦終戦の1945年に、世界平和を願い育種された~ピース~という薔薇も見ることが出来ました。子どもの頃、お向かいのお庭に咲いていた私にとって思い出深い薔薇です。思えばあの時から、薔薇の魔法にかかっていたのかもしれません。

 ロダン美術館の内部からも、お庭を楽しめます。以前テレビ局の取材の方に『なぜ、薔薇を描くのですか』と聞かれたことがありました。描きたいからですと答え、相手の釈然としない様子に困りました。今回の展覧会を通して、アートとは愛を表現することと再認識し、今同じ質問をされたとしたら、薔薇は私にとって愛だからと答えると思います。では愛とは何か?と問われると、喜び、幸せ、信頼、勇気・・・と答えは一つではないようです。言葉で言い表せないものが、愛なのかもしれませんね。

 最終日のベルサイユ宮殿は、時間の関係でお庭を見ることはできませんでした。せっかくベルサイユのばらを描こうと思っていたので残念でしたが、雨も降っていたのでこちらもまたの機会のようです。

 王の間から太陽が昇り、日が沈んでいくように設計されたとされる宮殿は、大理石と金の装飾で今でもまばゆいばかりでした。はるかかなたまで続く宮殿のお庭にここは住むところではなく、見せるためのものだったのだとわかります。時代の一つの在り方だったのだと、歴史を学ぶ機会になりました。

 四季咲きモダンローズの生みの親となり、薔薇の可能性を一気に広げた、ナポレオン1世の皇后ジョセフィーヌは本名マリー・ジョセフィーヌ・ローズ・タシェ・ド・ラ・パシェリと言います。

 

初めて薔薇の本を制作したときに、本文に使わせていただいた、占星術 マドモアゼル・愛先生の『ローズ考』に、『私はヨーロッパを根底から支えている世界観には、このローズがあるように思う。ローズに愛されたものが、時代の頂点に上りつめる。そうしたヨーロッパ特有の意識があるのではないか。』

 

さらに写真家 鈴木せつ子さんも、著書『バラ~世界のローズガーデンを訪れて~』では、薔薇についてこのように伝えられています。『わたしがこの花にのめりこんだ理由は、薔薇と人間がつくった大ドラマを知ったからである。バラはロザリアンとともに、天下国家の歴史と密接に関係しながら進化してきた花なのである。きっとバラの世界には女王がいて一族繁栄のためにこれぞという人物を選ぶんじゃないか。』 

*薔薇 シャポー・ドゥ・ナポレオン(アトリエKuni house 薔薇の本表紙)

名前にROSEが入っていることからも、ジョセフィーヌは薔薇に選ばれた女性のようです。ナポレオン1世の栄華も、彼女と薔薇たちの力によるものだったのかもしれません。 

*薔薇 エンプレスジョセフィーヌ

 今回の旅で、ヨーロッパの歴史と共にあった薔薇は、人が人生をかけても不思議ではないかけがえのない存在であるのだと、より一層その魅力を知りたくなりました。(2019.10.20 Kuni)