My 令和への道

皆様にとって、平成とはどのような時代だったでしょうか。

あと数日したら、新しい年号~令和~の時代が始まります。

 

今回、~平成から新しい時代へ向けて~というコンセプトで令和元年5月1日から5月6日まで、金沢21世紀美術館にて開催される、

『創造者たち展』への出品を通して、私にとっての平成を振り返り、新しい時代へつないで行きたいものは何かを改めて見つめることができました。

 

このコラムでは、今だからこそ感じたことを、平成最後の文章として綴りますので、どうぞよろしかったらお付き合いください。

*三輪山(みわやま)

思い返すと、私にとってこの令和という時代へつながる出発点は2015年の夏でした。

 

良く通っていた、近くのイングリッシュガーデンの来館者数減少について新聞の記事を読み、残してもらいたいという願いを込めて約一年半かけて、そのお庭に咲く全ての薔薇を調べて描き、本にまとめて出版しました。

 

その後、イングリッシュガーデンを残そうという活動が強まったのは良かったのですが、2015年の春に新しくリニューアルされるという形になり、私の描いた薔薇たちは、新しい管理者の元、大半植え替えされてしまいました。

 

あの頃私は、自分のした活動がもとで、大切にして行って欲しいと願った薔薇たちが抜かれ、役に立てばと思ってしたことが、逆になんの意味も持たなかったと落ち込み、絵を描く気力をなくしていました。

 

そんな時、その年の8月に学生時代から憧れていた、イタリアボローニャ国際絵本原画展が西宮市大谷記念美術館にて開催されていると知り、元気を振り絞って観に行ってみました。

*大神神社 二の鳥居

そして、そこで感じたものは、甘やかで温かく幸せな、もし私の描いたものが何の役に立たなかったのしても、せめて自分自身の為にこんな絵が描けたらいいな・・という思いでした。

 

その次の年、私は初めてボローニャ国際絵本原画展に出品し、

新婚旅行以来、約20年行ったことがなかった海外へ、それも一人でボローニャに旅立ちました。

 

それが2017年の春のことです。

ここまで読まれて、なぜ令和への道?とお思いでしょうが、私にとってボローニャこそが

日本をそしてわが街をもっと知りたいと思うきっかけになったからです。

 

イタリアは、都市ごとに違う国に来たようだといわれるほど、個性的で魅力的です。

 

その理由は、そこに住む人たちが、長く大切につないできた文化と生活に誇りをもっておられるからです。

  

私は、びわ湖があって自然豊かな滋賀県を愛してはいましたが、誇りをもってこんなに素晴らしいですと、伝えられることを何も知らない・・と反省し、帰ったらしっかりと見つめて知り、出来れば本にまとめて伝えようと決意して帰路につきました。

*珍しい巳の手水舎、後方には神が降臨されたとされ、大神神社に数ある御神木の一つがあります

そんなさなか、いつもジョギングで通っていた近江神宮の参道に、まさかそこに咲いていると思っていなかった、日本の固有種テンナンショウ属の野草に出会い、そこから近江神宮の植物を100種類調べて描き、2017年春、Japanese Botanical Illustration Ver.Omi Jinguを出版しました。

 

後で知ったことでしたが、近江神宮はその年建立されて77年の節目の年でした。

 

さらに、もう少し広い範囲で植物を調べようと、大津京の史跡名所に咲く植物を調べて歩き始めたところ、植物だけではなく、そこに残る人が生き生きと暮らしていた飛鳥時代の文化に魅了され、遥か古代の歴史に溶け込んでいきました。

 

そしてその夏には~Otukyo with Flora ボタニカルアートと旅する大津京の歴史~を出版し、

こちらも、制作しながらわかったことでしたが、くしくもちょうど近江神宮の植物の本を出版した3月が、天智天皇が大津京を667年に遷都されて1350年たった時でした。

 

*大神神社拝殿 後方には日本でも珍しい三ツ鳥居があり、拝殿と三輪山をつないでいます。

私の知らなかった大津京は、人々が日本海航路を通して、東アジアから琵琶湖に入り、淀川を抜けて茅渟の海、現在の大阪港へとつながる、時代の先端を行く国家都市であり、人々は自然と共に生き生きと暮らしていた魅力あふれる万葉の時代でした。

 

私は、その時代に読まれた歌をまとめた『万葉集』から名前を引用されたとされる~令和~は日本にとって、世界と肩を並べることにだけを意識するのではなく、本当に日本人として、国民一人ひとりがどのように生きたいのかを、問いかける時代だと感じていました。

 

そしてその答えは、ここ数日ずっと胸に響いていた~山に行きなさい。神社に行きなさい~というメッセージの謎解きにより、ようやく理解することができました。

 

山とは?神社とは?一体どこなんだろうと必死に問い続けると、大津京の本制作時に出会った、額田王の詠んだ歌や、参考文献に使ったフィクションの本の中で、天智天皇が『私は三輪の神だから』と話していた『三輪山』という場所にたどり着きました。

 

そしてそこは、大津京が遷都される前に都があった奈良の飛鳥において、三輪山自身を御神体として人々に愛され信仰されてきた、日本最古の神社と呼ばれる大神(おおみわ)神社がある場所でした。

*狭井神社(さいじんじゃ)では、三輪山から滾々と湧き出る万病に効く御神水を汲むことができます

私の魂さんは、今回令和を迎える前に、どうしてもこの場所へ行ってほしいと願われているのだなとわかったので、早速大神神社のHPを調べて訪ねてきました。

 

ゴールデンウィーク中は、御神体の三輪山には登れないそうですが、偶然にも昨日までは登ることができ、以前からいつか見てみたいと思っていた、銀竜草(ギンリョウソウ)もちょうど咲いていてスケッチすることができました。

*銀竜草(ギンリョウソウ)

今回私が、三輪山に上ってわかったことは、日本という国自身が神で在るということです。

 

それは三輪山と同様に、日本の自然=神であり、そのことを忘れずに自然と共に感謝を捧げて生きていくなら、日本はより素晴らしい国になっていくだろうという気づきでした。

 

令和の時代に入っても、私は変わらずそのことを大切に絵を描き続けていきます。

  

額田王が飛鳥より大津京へ旅立つときに読んだとされる歌、『三輪山』より

 

三輪山を しかも隠すが雲だにも 心あらなむ 隠さふべしや

 

(意味)雲よ、あの愛しい三輪山をどうしてそんなにも隠すのですか、せめてお前だけでも思いやりがあってほしい。どうか隠さないでください。

 

大津京からは、琵琶湖の対岸に~三上山(みかみやま)~通称近江富士を望むことができます。

 

天智天皇や皇后の倭姫王も、三上山を愛でながら懐かしい飛鳥の三輪山を偲んだのではないかと思われます。 

 

My令和への道の続き

令和元年9月吉日、友人の押し花作家~花ごころ千枝~さんが、万葉集をテーマにした作品を、自身が主宰される押し花サロンの作品展にて、出展されました。

作品右側の女性は私をモデルに製作してくださったそうで、大津京の野に咲く野草をモチーフにして製作されています。

大切なことが、不思議なご縁で自然に結ばれていくことに感謝です。 

万葉集の中から自然や植物を題材にしている歌を調べ、その歌にまつわる植物をボタニカルアートに描いて添えまとめる、書籍~万葉花集~の製作始めました

 

2019年4月28日 平成から令和へ 自由と平和の祈りを込めて kuni